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2004/12/31

京都の雪 -弐-

正直、こんな大晦日に金閣寺に行くなんてどうにかしてると思った。
でも雪模様の金閣寺を見たことがないし、わざわざ見に行かないでしょう、ふつう(オット)。と言われて何となく納得してしまった。

041231-9しかし観光客は多く、色んな国から来ている人がいらっしゃるのに驚いた。
そしてさすがに雪景色の中 金閣寺(正しくは鹿苑寺:ろくおんじの金閣)は美しい。

041231-8こちらは葦原島(あしわらじま)越しに見た金閣。
今年の〆が雪景色の金閣寺というのも良いような気がした。

みなさまも 良い新年をお迎えください。

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京都の雪 -壱-

京都は大晦日を 雪景色で迎えた。

041231-6この庭にもうっすらと雪が覆いをかける…。
さて この日、お餅の買出しに行かなければならない。雪に慣れないので 車を出すのを躊躇する。まず近場に出てみると、案外水気の多い雪で 道が凍てる様子はない。が、外出先は同じ市内でも路面状態は異なるかも知れないので 買出しにはオットと出ることにした。

041231-7交通量の少ない道は避けながら やってきた出町ふたば。大晦日の昼にしては列が短くて助かった。寒い中を並ぶのは堪えるぞ、なんて余計な心配だった。

さてさて、久々の雪景色に駆られて オットの提案で急に金閣寺を見に行くことに…。

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晦日 夜の外出。

子供が一足先に実家に行ったので、午後は目いっぱい掃除をした。

041231-1夕方 オットの「cocon(古今)に行ってみよか。」のひと言に 唐長のお店にも一度寄ってみたかったので 二人で出かけた。京唐紙の版元としては 唯一続く唐長さん。雲母を用いて煌(きら)めく文様を出した唐紙そのものより、その文様に興味があった。 例えば服紗の染め文様や きものの地紋・家紋などの流れを うかがい知るものが あるかも知れないからだ。この外壁(天平大雲)にあるような雲のモチーフにも 瑞雲から大頭雲やら多くの文様が存在するという。一階のショップには色んな文様のポストカードなどが展示販売されていた。背景色と文様の色との取り合わせで 文様の印象が随分変わるのが発見であった。

041231-2 041231-3 041231-4

さて、夕食を地下一階にある中華料理店「老香港酒家」で摂ることにした。興味本位で今期最終(10月~12月の取り扱い)の上海ガ二と活けカワハギ(刺身のキモ和え)が食べたくなって お願いしたが、とても濃厚な味で食べ応えが十分であった。クセになるとちょっと恐ろしい価格である。カワハギ刺身のキモ和えは 釣り人の間では絶品と聞いていたので なるほど満足したお味であった。書くときりがないので とにかくお腹がいっぱいになり 四条から歩いて帰ることにした。

041231-5烏丸通りを上がってゆくと 相変わらず新風館がきれいだった。
京都はここ数日冷え込みが厳しく 北山方面は白くぼやけた感じである。大晦日のお天気があまり良くなさそうなので、カウントダウンは自宅で迎えることになりそうである。
行く年くる年、来年も良い一年にしたい。

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2004/12/30

三嶋亭。

さて、晦日・大晦日といえばここも。

041230寺町三条・お肉屋さんの三嶋亭。
御用ができて朝一番に並ぶ…つもりが京都の底冷えもかなりのモノになってきて、出足が鈍ること。結局この時点で朝の8時40分。9時開店だから結局この最後尾に並んで一時間。その間隣に並んだお料理好きのおじさんとお肉のハナシ(「すきやき」の手順)に始まっておせちやら魚のアラのハナシについつい入り込んで、待ち時間も楽しく過ごせた。とにかく 一人で多くの包みのお肉を持ち帰る人が多くて、お肉だけなのにお正月というだけに そのいでたちとなる。

041230-1この包みを持ち帰る頃には 店前の列もかなり長くなっていた。午後からは市外からの人も増えるでしょう…って 本当?

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2004/12/29

北野の商店街。

錦市場の年の瀬に触れて 昔 母とでかけた北野商店街 晦日・大晦日のお正月用品の買出しが懐かしくなった。

041229-1あの頃 北野商店街には大きな人だかりのする魚屋さんがあったが 今日見に行くとその構えに商品はなかった。まだすいているだろうと見込んだ29日の夕方だが、思いのほか静かであった。

041229-2こちらは八百屋さんやくだものやさんがひしめきあう場所。左手 奥にいくほど薄暗く 母とはぐれるのが怖かったのを覚えている。

明日・明後日は ここもどのような賑わいをみせるのだろう。

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2004/12/28

28日夕方 京都錦は御幸町で。

店は今日が仕事納め。
年内納めのお品物を箱入れし、荷造りはオットに任せて早々と上ってきた。
オットは昼間に、父が夕方 錦まで買い物に出る。
やはりかなりの人ごみらしい…。

子供のための通院路として 先週よりほぼ毎日通っているこのポイント 午後四時半である。さすがに今日は車も渋滞している。渋滞を良いことに 恥ずかしげもなくフラッシュをたいた。

041228-1ここしばらく 錦周辺に100円パークが増えたように思う。それはそれで業者の人たちも便利になったと思うが、そのころまでは三条柳馬場のYMCAに子供を預けている間によく自転車で買い物に来たものである。
その頃までは小さい子供を自転車に乗せて堺町の冨美家から木村・打田・かね松そして富小路の三木鶏卵・鳥清あたりまで 買い物をしながら錦小路通りを歩くことができた。が最近は自転車を引いては通れなくなってしまったのである。結構ええ格好した人らににらまれて初めて 細い路地内を自転車が通るのは迷惑行為に当たるということを知った…。

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写真左)御幸町の角 乾物の三上から見た錦小路西側である。
写真右)おぉっ!御幸町の両側にしめ縄の露天が出ていた。ま、いつもは自転車があふれ返っている場所なんだ。
車に乗りながらにして味わえる歳の瀬。

でも明日・明後日はもう、ココは通れないなー。

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ie ni

あぁっ、間違って投稿してしまっていたようだ…。
またやってしまった 「Enter」ミス。

これを機会に投稿記事作成後の扱いを「公開」から「下書き」に変更しよ。

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2004/12/27

着尺のしけ引き染め。

しけ引き染めの着尺が上がってきた。

030728しけ引きとは 京友禅の手描き染め技法の一つで 櫛状の「しけ刷毛(はけ)」で何色ものしけを引き 細筋の縞柄を染め付けるやり方である。 織り縞とは異なる縞や格子柄が描かれる際 色の取り合わせや生地によって なんとも言えない多様な味が出る。これは以前ショール地に染められた物で しけ引きらしい染め柄である。

041227-1041227-2この着尺に入る波の地紋柄を立たせるためか 職人の手によって濃淡の変化をもった「しけ引き柄」となった。

041227-4041227-3まず白生地に薄いグレーをかけ(写真左) わざとムラにしけ刷毛をかけてある。拡大してみると(写真右) 地紋が立っているのがわかるだろうか。

好みがあるだろうが、こういうのもまた 深い趣があって良いのではないだろうか。
この反物をきものに仕立てるとまた 雰囲気が違っていいものになると思う。

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2004/12/26

高校駅伝

京都では数日前から修学旅行生ならぬ お揃いのウェアでトレーニングをする高校生の姿を見かけるようになった。
烏丸丸太町の交差点でも今日の交通規制を知らせる看板も立てかけられていた。

午前は女子の部(5区間)、午後が男子の部(7区間)である。
京都の予想最高気温は10度、おおむね晴れのお天気である。

お気に入りのチームを応援するのにNHKのロードレースオンラインが面白い。15秒ごとの更新情報でも迫真ものである。

この記事を作成している間に5区も半ばにさしかかっている…。11時20分現在は 中国地方代表・岡山 興譲館がトップである。

………

九州代表・長崎の諫早との接戦の末、今 諫早がトップでゴールを果たした。
マイチームの順位経過も見ることができる。結局9位から11位に…。トップと2分30秒ほどの開きでゴール。

次は男子か。
京都は北に上がるほど天候が変わり、気温が下がる。今出川通りで若干変わり、北山通りを越えると かなり寒くなる。
さてマイチームは…と。

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2004/12/25

終い天神。

好天に恵まれた今年の終い天神さん。来春受験を控えた親戚の子供への「勧学御守」を求めて出向いた。夕方の早い時間ではまだまだ人出が多く、そこで もまれている時間はなく、一の鳥居だけを眺めながら 再度出直すことにした。終い天神さんには鳥居の足元を大きくとり囲む形で夜店が出るので、表通りからは 参道の様子が全く伺えなかった。

041225-0夜の九時までお参りさせていただける終い天神さんである。八時頃に来てみると 通りを挟んだ西陣警察署の路上駐車場も空いており、境内を大きくはみ出していた店はすでに閉じられ 参道にも片付け始めた夜店もあり、これでようやく常の天神さんの賑わいであろうか。


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(左から:ライトアップされた楼門と重要文化財の中門・三光門とご本殿)

あと一週間足らずで初詣の人出で賑わうのであろう。今はまだ伽藍も鳴らすことができるし お賽銭箱にも白い幕など掛けておらず 境内にも書初めコーナーはまだ設けてない…。「終い天神」の 嵐のあとで 「初詣」という次なる嵐の前の静けさを味わってきた。

初詣はどこにお詣りするかな…。

続きを読む "終い天神。"

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2004/12/24

イブの過ごし方。

例年になく小学生の次女は3時頃まで授業があり、オットは夜に別の集まりに出るという。なにやら落ち着かないので クリスマスイブの今日、子供たちと「ポーラエクスプレス」を観ることにした。

時間の都合で字幕スーパーでの上映だったので この映画の見どころの一つ トム・ハンクスの演技力も味わうことができた。が それは見終わってから その5つの役どころを振り返る 後の楽しみで、スクリーン上では「北極行き急行機関車」の爆走シーンが なかなか愉快だったし、険しい雪山や雪原を突き進む蒸気機関車の各シーン 一つ一つがとても絵になっていた。原作が30ページ足らずという 原作の絵本が 目に浮かぶようであった。
また、この映画では複数の子供が出てくるが 子供同士のかかわり方がテーマではない。時と場所を同じにしながら 子供一人ひとりのクリスマス(の在り方)は別のものである。だから この映画の大きな見どころはもう一つ エルフ(妖精)たちがサンタクロースの仕事の準備を整えるシーンであり 空を翔(かけ)る力をもつトナカイたちの動きであり 山ほどのプレゼントを積んだソリを操るサンタクロースの姿であっただろうし そのCGによるリアルな描写の大きなスクリーンに 強く引き込まれた。
ソリを引き 空を翔るリアルなトナカイの姿は サンタクロースの象徴であるだけに 感動を覚えた。

ストーリーではクリスマスの宗教的な側面には何も触れておらず、我が子供たちも明日の朝 届いているだろうプレゼントに想いを募らせていた。

041224ハハとしてはその想いを増幅させるべく 京都ホテルオークラのイルミネーションを子供たちに見せてから 家でささやかなチキン料理で過ごした。

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2004/12/23

棚卸し。

まずカレンダーが届き始め、師走の半ば過ぎより 鏡餅や年末年始の御用聞きが来、それぞれの店から品物がぼちぼち届き始めて感じる年の瀬。そして今日の棚卸しである。

041223-1これが店内。白生地がところ狭しと積まれている。店内のお品物は切り売りしているので 小巾物も広巾物も巻きを解いて 全て差しで在庫量を測る。結構な重労働となるので 男手の助っ人を一人お願いして店の者と三人で 解いては測って心棒に巻く作業を続ける。倉庫のお品物はお店の人が 少し前から取り掛かっていたので今日は対象外である。
昨年は私もこの日に男物袖口や四方をかがった大小のマフラー地・ショール地・スカーフ地を数えたりしたが、今年は都合で後日に…。

041223-2うちらでは棚卸しの昼食はにしんそば。これは南座横の松葉が明治の初めに考案した取り合わせであるが、すっかり京都の定番となっている。たっぷりのネギと七味を添えて頂くと 甘く煮たニシンが引き立つのである。

そんな中 いよいよ来るべき日が来たといった感じである。
明日までに投函というこの日。年賀状である。店と個別に頼まれた分はすでに済んでいる宛名書き。自分のは手書きで進めており、小学一年生の分を 本日取り掛かっているのである。数は少ないが ちょっと手がかかる。

そんなこんなで一つずつ今年の仕事が終わってゆく。

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2004/12/22

「大丸ヴィラ」

烏丸丸太町上る西側に 木々がうっそうと茂る重厚な建物がある。

041222近くに居ながらその洋館が京都市登録有形文化財(旧下村邸:昭和初期の大丸の社長・下村正太郎氏の自宅であったらしい)であるとは知らなかった。
大丸、京都で呉服商より百貨店に広がった店。以前は大丸の特選品会場として使われており、会があると顧客の立ち入りができたらしい。
今は現大丸ゆかりの人の私宅となっているらしく、警戒が厳重である。文化財であるということで、遠目から今日の大丸ヴィラを見てきた。

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2004/12/21

京都・烏丸通りあたりの夕暮れ。

東寺さんでは終(しま)い弘法の今日、ときおり時雨(しぐれ)たから、25日の終い天神さんの空模様が楽しみ。相当な人手だろうけど、出かけてみようかな と思っている。

041221-0夕方からの用事ついでに同志社女子校舎正面のクリスマスツリーを眺めた。校門をくぐって見なければ、遠目のつたない写真ではとうてい及ばないすばらしさである。
この程度の画像では関係者の方々にお叱りを受けそうである。

041221-1これは烏丸丸太町西北側の並びにある建物のイルミネーションである。私にとっては覚えにくい名前の建物。緑青にさびた銅版に示してあった(と思う)その名前が思い出せない。

>はい、 「大丸ヴィラ」でした。

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2004/12/20

新車で一週間。

041220車って家族の構成・年齢によって用途が変わるものなんだ。セダンからミニバンに変えたのも、子供のかさが増したから。
この一週間で、朝も夜も雨の日も経験した。車高が高くなったので変えた 出先の駐車場でも大丈夫だったので 運転に関してはとりあえず一安心。

軽すぎるハンドルさばきと 遊びの多いアクセルワークに慣れるまで もう暫くかかりそうだけれど、ま 末永くよろしくお願いします。

そして、良い車を選んでくれたオットに感謝、ありがとうございます (タダシ 車はオットの所有物)。

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2004/12/19

「京都国際マンガミュージアム(仮称)」って…。

041219-1元龍池小学校跡地利用として誘致される「京都国際マンガミュージアム」の構想策定フォーラム、に一般聴衆として参加した。主催側の挨拶に続き、河合隼雄文化庁長官の基調講演・パネリストを招いてのパネルディスカッションという内容であった。明治2年に町の区分の中で 上京第二十五番組小学校として学区民の寄付で開校されたのがこの建物(龍池小学校)である。両替町御池を上(あが)った東側に位置する。

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2004/12/18

「ブログる場合ですよ!!」って…。

京都の老舗ブログ 「はてなダイアリー」。
システムの完成度が高いからか、会員層に馴染みがなかったからか、その知名度に反して 「なんとなく敷居が高い存在だった。
ところがココログスタッフから「ココログアンテナ」を活用して もっとブログを楽しむべし!なんてムシできない名目で、 「はてなダイアリー」との共同キャンペーンなんて始めたから これはもう 要チェックでしょう。

とりあえず会員登録をして、「ようこそゲストさん」から「ようこそshirokijiyaさん」と やっと私個人を認識していただけるようになった。同じ京都を発信元としているので、地元拡がりが期待できそうでなんだか嬉しい。

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2004/12/17

かしら芋たち。

取引先からメロンサイズの大きなかしら芋(小芋の親芋)を戴いた。お正月のお雑煮に欠かせない一品である。
他に大小取り混ぜて三十個ほどの小芋もいっしょに 土は洗い落した状態で受け取った。土付きでないと日持ちも悪く、目の前に多量に転がる芋の群れ姿に 今やらなければいつそれをする!と、一気に調理に入った。
お正月用に冷凍保存するため 形の良いように面取り後ゆでた。

子供の頃 お雑煮に入れるかしら芋は大きければ大きいほど縁起が良いといわれ 兄の次に大きなものが私に出された。味のない大きな芋は 当時、決して美味しいものではなかった。なので このメロン大のかしら芋は三十六に切ってゆでた。程よく上品な大きさであるが、六人分にはちょっと多いかも知れない。

また 面取りされた小芋群を見ると ムショウにいもぼうが食べたくなったが、そういうことには 手をかけていられないのが現状である。お正月に実家でよばれるのを 楽しみに待つことにする。

本来ならこの時期 広沢の池の鯉上げがあり、鯉のたいたんや川えびの佃煮などを頂けるのに、ことしは鯉ヘルペスのために、この慣わしが取りやめになった。今 広沢の池には何も泳いでないのだろうか。


お芋を調理するだけでいろいろ思う年末である。

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2004/12/16

山蚕三丈(小柄唐花)のムジ染め。

父の承った仕事である。
悉皆帳面に「山蚕三丈」とあったが恐らく天蚕(てんさん)の山繭(やままゆ)糸を用いた三丈物(着尺)のことであろう。薄黄味色を帯びた染まらない糸、つまり山繭糸で織られた「小柄唐花」の地模様を持つ。この反物を 抹茶系の地色に染めてお召しになりたいとのご要望であった。先様は六十歳ほどのご婦人である。

黄味を帯びた地模様の浮き方は 地の染め色によって大きく変わる。お客様の雰囲気や年齢、きもののTPOなどを考慮し ご満足いただける染め色を決めるためにハギレで試し染めをする。

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2004/12/15

年末編 風邪なのか…。

実は12日(日)からお腹の具合がおかしい。
発端は昼に食べたひろうす(飛竜頭)の、あの油っ気の残留感。夜になっても胃に残る感じに、これはウィルスの仕業と決め付けて 当日の夕食と翌月曜日の朝昼を抜いた。さすがに月曜はりんごを四分の一を食べて午後からは仕事に出たが、結局未だにすっきりせず。

他の症状はないので食事療法で乗り切れると思ったが、実に侮れない。
そんな時 あの田口ランディー女史の「虫の潜伏説」を読んだ。
そうか、胃腸を攻める風邪のウィルスも 一昔前より更に進化しているのだ。
いつも同じ手が通用するなんて、しかも一日胃を休めただけで回復するなんて 見立てが甘かった。

まず内から外から体を温めてやっつける。
とにかく今のうちに治さねば。

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2004/12/14

白生地屋の箱。

自営業なら当たり前の風景なのかもしれないが…。


師走の声を聞き始めるころから、急き物の注文が相次ぐものだ。
秋期の作品展前は、刺繍や染色関係のお客様がそれぞれに手がけられた作品をお預かりし、悉皆(加工)に廻して仕上げまでお世話させていただくことに追われるが、仕事にかかる日にちは十分にみて下さるのが常である。
が この時期は違う。

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2004/12/13

「Good Luck」のプレゼント。

自分の夢を「運」任せにするのか、自らの手で「幸運」を掴むのか。
寓話を用いていくつかの教訓を具体的に説いた本である。

041213実はこの本、大切な友人から娘宛に 夕方に受け取った。冬季限定 赤ジャケットである。あまりに嬉しかったので 他のことは(夕食の支度は今日に限って万全であった)さておき、「さらっと読めてしまうから気をつけて」の忠告に従って 早速慎重に読破した。この私、依頼心が強くその欠点を深く理解し、自分を変えることに努めたこの10年、人生の後半にさしかかった今 手にしたこの本は、自分の生きる姿勢に多少なりとも うなずけたのも 読み応えの一つであった。
自分の今後の人生において 努力し続けることを 「求めるモノ(幸運とは言いたくない)を手にするための下ごしらえ」といった捉え方は大切であるが、やはりこういった 人生を前向きに歩み続けることの意味というのは 是非子供たちに語り、態度で示し続けていきたいものである。

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2004/12/11

今宵のひととき。

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ここはイタリア料理レストランSALTINBANCO(サルティンバンコ)。常は前菜からデザートまで、¥4,000と¥6,000のコースがあり、リーズナブルながら食べ応えのある白生地や御用達の一軒である。小さな子供連れでは外食も儘ならないころ、2歳の次女を伴って飛び込んだのがこの店である。小さな子でも 気に入ったものがあれば食べることに専念することを教わった 唯一のレストランである。それ以来改装後も、ファミリー用に専用のテーブル席が確保されている。
今夜もカウンターで過ごすカップル、テーブル席には 若いカップルやちょっとにぎやか目のお勤め帰り風のグループ、お友達風の女の子たちなどでほぼ満席だった。今宵のお楽しみはやはり宮城産の牡蠣料理である。生牡蠣にパスタに堪能した。銘柄を覚えるのが不得手なのだが、料理に合ったワインを選んでいい気分。

そして食後、ほろ酔い気分で一人、近くの平安女学院高等学校までデジカメ持参で出かけた。
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昼、通りがかりに見た校門のそれが気になっていたのだ。昼間は真っ白なそれは、やはり夜になると光を受けて輝くモニュメントになっていた。空(カラ)のペットボトルが組まれたものであろう。隣の枝垂れ桜の枝ぶりがとてもエレガントに感じた。

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2004/12/10

干支文字切手。

ロサンゼルスに単身赴任中の知り合いにクリスマスカードを送った。

041210郵便局で確認すると サイズが大きめで送料¥260。
ふと この干支文字切手が目に入り、かっこいいのでこの中から三枚使うことにした。
十枚綴りのシートゆえ、残り七枚が手元に残ったが、少なくとも来月いっぱいは使うこともないだろう。なぜか溜まりがちな八十円の記念切手である。ついつい買ってしまって 使う時期を外しては お蔵入りを繰り返す…。


年賀状の前にクリスマスカードを送る?…<却下。

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2004/12/09

リッチテンプレート。

ココログのメンテナンスがなかなか終わらなくて、さすがに17時頃から夕食の準備もそっちのけで週間ココログガイドやトラックバック野郎などをウロウロしてたんですが…。

新しく加わった 楽しそうな、「リッチテンプレート」。ココログ・プラスな白生地やでも 気に入ったデザインがあれば サイトイメージを変えることができるようです。薄いろの ほのかに和風なデザイン、出ないかなぁ。

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2004/12/07

ごくろうさん。

041207.JPG実に我が家で12年間も活躍した車である。私がハンドルを握るようになってからでも5年ほど経つ。子供が生まれてベビーシートからチャイルドシート、そして今はジュニアシートへと、二人の子供の成長と共に過ごしてきた車である。10年を過ぎ、今年に入ってから不具合も顕著な時もあり、とうとう車検を前に新車に乗り換えることにした。新車の手続きなどを終えて、この車は12月12日に手放すこととなった。子供たちが「ぶぶちゃちゃ」と呼んだこの車は、標準装備のカセットデッキで子供たちの好きな曲を流し、いつでも快適なドライブを提供してくれたものだ。

あと4日だね。家族で写真を撮ろうね。と子供が言った。

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2004/12/06

ココログとわたし。

ココログがスタートして一周年。

白生地やも12月28日で初投稿から一年ということになる。投稿数は270ちょい、になるだろうか。

当初は、

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2004/12/04

努力し続ける男性…。

中学校長のお話しを聴いた。

その冒頭部分の「染色体構造からも 女性(XX)より男性(XY)は不安定であるがゆえに、男性は常に安定・完全を求めて 努力し続ける存在である」といった内容に興味をもった。(男性である校長先生が「多くの女性の前ではやや話しにくい」といった感情について触れられただけのものである。)

一個人として 自分は完全であると考えるヒトはどれ程居るのか知らないが、確かに日常会話の中で自分の意見を語る姿に 女性の方がスキのない様子を感じることが多いように思う。そしてそれは同時に 語り合う面白味に欠くように感じるのは 私に限ったものであろうか。いや、単に私も女性であるといった理由だけなのかも知れない。

ちょっとパワフルなPTAママたちには常に圧され気味な私自身、常に不完全さを感じる。しかし不完全であるということで そこに創造力や異質なものを受け入れる柔軟さが存在するのではないだろうか、などと考えるうち自己弁護が立って気が楽になった。と同時に私自身 (家庭内などで)あまり強く意見するのも考え物だと思った次第。

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2004/12/03

ところで今日(12/3)は…。

スパイダーマン コスチュームの 変身ポーズ コンテストの結果発表予定日であるが、ん~、それらしきアナウンスは見当たらない。

残念。

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お魚をさばく(12/3)。

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今回はこの4品で¥1,975也。
真鯖2尾 そしてツバスとグレ。

明日、遠方よりお越しになるお客様の準備やらその他、落ち着かぬまま夕刻を迎え いつになくバタバタとさばくことに。
刺身調理に ツバスは特にモンダイないものの、グレの なんてさばきにくいこと。時間の関係で さばき方も調べなかったものだから皮をひくのに四苦八苦した。
刺身はツバスだけでも大量にあったので、グレは他の食べ方をすれば良かった。
アラもちゃんと残しておけばよかったし、皮も本当はこりこりしておいしそうだったのに…。考えるほどにもったいないことをしたような気がする。

あわてると ロクなことはない、ということ。

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2004/12/01

京都・南座。

「當る酉歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」が始まった。
二人の母には夜の部の、しかし一等席が確保できた。師走半ばの公演チケットは、本日より引き換えということで、まねき見たさに南座まで足を運んだ。

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それにしても、病気から復帰された團十郎・海老蔵の親子共演があり、「口上」で披露される市川家独特の「にらみ」には災い退散の効用があるとかで、かなりのお楽しみ要素満載な公演であるらしい。


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ともあれ、チケット入手にて 私は一安心。

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